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6 写真:1885年頃、港沿いのサウスストリートで軽食代わりに牡蠣を買う人々

それでは以下、翻訳

※本文は直訳ではなく意訳している個所もあります。 また訳が適切でない場合もあるかもしれません。 お気づきの点がありましたら、柔らかくご指導頂けば幸いです。 ご意見等ありましたら、お気軽に連絡頂ければ嬉しいです。

”今日のスペシャル生牡蠣はゴワナス(*1)オイスターです!海水のすばらしい塩分と、少しばかりの汚水と工業用水が加わって…”

なんて、、、今でこそ信じられない事ですが、でも、ニューヨークハーバーの周辺の住民は、ニューヨーク湾とその河口に生息する天然の牡蠣を食べていた都市でした。

1800年代前半になると、大量に獲れる牡蠣はリーズナブルで、今で言うピザ屋の1ピースのように軽い食事として食べられていました。

1個/1ペニー(*2)より安い牡蠣は、貧しい人たちの重要な栄養源として、マンハッタン南部にあった沢山のオイスターバー(屋台)で売られていました。

ハッピーアワーのスペシャルは”カナル(運河)ストリートプラン”と呼ばれ、なんと6ペニーで食べ放題!

パールストリート(真珠通り):オランダ語でParel straat オランダ人入植者によってよってつけたれたこの通りは、沢山食べられた牡蠣の殻で塗装されているため名づけられました。

7 写真:1895年頃、従業員がマンハッタンのウォーターフロントから牡蠣をバスケットに入れてデッキに揚げているところ

1910年になると、14億個ものの牡蠣が海から引き揚げられました。

そして、同じ頃、これらの牡蠣(バクテリアに汚染された牡蠣)を食べた人達は、コレラや腸チフスにかるようになり始めまたようです、、、(この頃はまだノロウィルスは存在しません。ノロの登場は1960代以降)

1921年まで、ロブスターや牡蠣を含む貝類はクイーンズランドのジャマイカ湾で獲られていました。

今そこには、JFK空港と4つの下水処理施設があるので、まったく食欲をそそられませんが・・・

ニューヨーク近郊では、バージニカ種のように若干生き残っている牡蠣があります。

しかし牡蠣は大量の海水をろ過する特殊な生き物であるため、その牡蠣を食べると当たってしまう人が少ないくないのは言うまでもありません。

最近、NY市内のオイスターバーでメニューに載っているいる生牡蠣は、NY北西部のロードアイランド州やメイン州産のもので、少なくとも街から30マイル(48Km)離れているものがほどんどです。

沢山の食に詳しい人のが多く存在する美食の街・NYで少し皮肉ではあるのですが、”素晴らしい食を生みだす自分達の海を、自分達で壊している”と、ポール・グリーンバーグ氏は言います。

「American Catch」の著者ポール・グリーンバーグ氏はマンハッタン湾に汚染が流れ込んだ事で牡蠣が死んだと嘆いています。 (1910年までに、ニューヨークの水路には1日6億ガロン(約2.36リットル)もの生活用水が流れ込んでいました。)

それでも彼は、想像もつかない方法でニューヨーク産の牡蠣の再生に期待しています。

さて、それは、、なぜ、ニューヨークはもう一度牡蠣の産地になるべきなのか(Part-III) に続きます。 

*1|GOWANUS:ブルックリンには、Williamsburg、Greenpoint、Bushwickなど、各エリアごとのネーミングがあり、GOWANUS(ゴワナス)もそのひとつ。地図でいうと、DUMBOの南、マンハッタン島の東の向かい側で運河が流れている

*2|今の1セント。今の価値で言うと大体2ドル位

*3|「American Catch」 著者:Paul Greenberg

訳・本文:ブラガンザ知子

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ver.2016-03-28