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Chapter2:アメリカ産クマモト・オイスター誕生


時は流れ、第2次大戦終戦まもなくに舞台は移ります。

アメリカでは、また乱獲や冷害でカキが足りなくなっていました。 

戦争になると、天然の栄養剤である牡蠣がとても人気が出るのだそうです。それは、子供を産むためにおいてあった親貝まで密漁(乱獲)されてしまい、絶滅に危機に瀕するほど。 

牡蠣養殖がはじまったのは、古代ローマ時代なのですが、そもそもは兵士の食糧としてでした。

当時、アメリカの統制下だった日本。

あの有名な司令官であるマッカーサーに「日本のカキをアメリカに持ってきて!」という指令が下りました。

当然、当時の2大産地である、宮城と広島に依頼しようとしたところ、戦争の影響で双方とも、まともにカキ養殖ができる状態ではなかったのでした。 

宮城は、徴兵と鉄の徴収でまともに牡蠣養殖を再開できておらず、広島は原爆の傷跡が深かったのです。

そこで、いろいろな産地のカキが試されるなか、熊本県が名乗りを上げました。

当時、海外への輸出方法は、種牡蠣(カキの赤ちゃん)をつくり、アメリカに運び、アメリカの海で大きくするという方法でした。

熊本には全くそのノウハウがなかったので、太田扶桑男さんという岩手県の方が任命され「アメリカに日本のマガキを輸出する」という一大プロジェクトが、熊本県ではじまったのでした。

無事、種牡蠣の生産、輸出に成功し、アメリカでは当時、少なくなってしまっていた「オリンピア」や「イースタン」といった人気のオイスターにかわり、マガキの「クマモトオイスター」が代用品として供給されるようになったのです。

なぜ代用品なのか・・・それは、欧米では「カキは生ですべてを一口で食べるのが一番美味しい」というカキ食文化があり、大きく育ってしまう日本のマガキは人気を博するところまではいかなかったのです。

また、日本では人気のクリーミーという要素も、欧米人には気持ち悪いとまでいう人もいるくらい、あまり好まれる要素ではないというのもありました。

(※とはいっても、僕のフランスやアメリカの友人が来日した際に、クリーミーの王様「岩牡蠣」を食べてもらったりしたときには、「こんなうまいカキはたべたことない!」と言ってましたから、生産者や流通者にとっての常識がゆえ、単に流通していないだけなんだな、と思います。岩牡蠣がなぜクリーミーの王様なのかはまたあらためて。)

えっ、「クマモト・オイスター」って全米一、そして世界一美味しいカキとして君臨したのではないの?

そう、そこなんです。

ここからが最大のミステリー『アメリカ産・クマモト・オイスター誕生秘話』になります。

最初は、お話した通り、代用品として日本マガキの「クマモト・オイスター」を販売していたのです。

でも、代用品といわれてしまうのはつらい・・ 

そんな折、そのマガキに交じって、小ぶりな牡蠣があり、これを欲しいとアメリカ人たちいわれた、前述の太田扶桑男氏がアメリカで人気の小ぶりのオリンピアに似たシカメガキの存在に気がつきます。 

シカメガキは養殖の拠点を置いていた有明海に自生していた地牡蠣です。

そして、その種を養殖し、輸出することに成功します。

その狙いは的中し、その種は10年の間、アメリカに輸出され続けます。

そのような中、歴史の例にもれず、アメリカはまた独自で赤ちゃんづくりから出荷までを、アメリカ国内で行おうとします。

そこで注目されたのはやはり、本来のマガキではなく、マガキにくっついてきていた熊本の地牡蠣(地元特有の品種)であった「シカメカキ」の方でした。

欧米人の好む「小型、潮味、味わい濃厚だけどクリーミーすぎない」という条件を満たしていたのはこちらの「シカメカキ」の方だったからです。

そして、アメリカ独自で養殖に成功。

あらためて「クマモト・オイスター」として市場に出したところ、大人気になりました。

どれくらい大人気だったかというと、「西方の宝石」「カキの女王」「幻のカキ」という数々の異名まで与えられ、新聞各紙では、最高のオイスターとして称賛され、全米中のオイスターバーから注文が殺到し、それを食べたいがための行列ができたそうです。

あわせて、日本から種がはいったおかげで、アメリカのマガキ「パシフィック・オイスター」も強さを取り戻し、生産も安定してきました。

そんな流れから、日本の種牡蠣の購入金額はどんどん安くなり、熊本県のカキ生産者は、撤退やノリ養殖への移行を余儀なくされていきました。

また、欧米とは違い、日本では岩牡蠣が一番人気、つまりは「大きくてクリーミーな牡蠣」が人気。

そのため、日本国内では、小型のシカメカキが人気がでるはずもなく、国内用に養殖される機会もないまま、熊本県のカキ養殖業界は衰退し、アメリカへの輸出も完全になくなりました。

こうして、熊本県の牡蠣がルーツとなる『アメリカ産クマモト・オイスター』が誕生したのです。

その後も『クマモト・オイスター』は世界的に絶大な人気を博し続けます。

たとえばワシントン産の「至極(Shigoku)」や、カナダ産の「屈指(Kussi)」は、アメリカの生産者が「クマモト・オイスター」に憧れて、改良を重ね創り上げたものです。

このように、アメリカ中のカキ生産者の理想のカキにまでなったのです。

そして、2004年以降、欧米のオイスターバー文化が拡まり出した日本においても、逆輸入されるようになりました。